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キリングフィールド

2009.09.30(23:39)
キリングフィールド09
‘The Killing Field’ Choeung Ek Memorial
入場料;2$

キリングフィールドとは、ポルポト時代の虐殺場のことであり、カンボジア各地にあるけれど、このプノンペンのチョンアエクのものが最大規模でありもっとも有名であることから、一般的にキリングフィールドと言った場合この場所のことを指す。前回の記事で紹介したツールスレーンの囚人たちの多くが、ここへ連行されて殺された。

プノンペン郊外にあり30分程度の南へ行ったところにある。昔は回りに何もないようなど田舎だったのに、最近行ったら道路が整備されており、かなり近くまで発展してしまっていた。

キリングフィールド自体も、観光地化が進んでいるようで立派な入り口と資料館が新たに完成しており、よりわかりやすくなったけれど、なんとなく昔の殺伐とした感じがなくなってしまったのは残念。

中心には今までと同じく、掘り起こされた本物の骸骨を祀った慰霊碑が経ち、その後ろには、死体が掘り起こされたという穴が当時のまま残っている。

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ツールスレーン博物館

2009.09.30(19:12)
ツールスレーンC02_

Toul Sleng Genocide Museum(S-21)
入場料;2$

ツールスレーン虐殺博物館は、ポルポト時代に実際に刑務所として使われた元高校を解放後、博物館とした。展示はかなり生々しく、尋問室や独房などは、当時のまま残されているものが多い。その他、殺された人々の写真や拷問に使った道具とそれを説明した絵などが展示されている。ポルポト時代には、S-21と呼ばれており、その呼び方も結構有名で検索すればたくさん出てくると思う。ポルポト時代に約2万人の囚人がいて、生き残ったのは6名といわれている。ほとんどすべてを殺してしまったということになる。そのときの所長をしていたドッチ(現地の発音だとドゥイ)が現在ポルポト裁判で審議中だ。
A,B,C,Dの3階建ての4棟の校舎がある。

以前の記事で紹介したけれど、今後は日本の(沖縄?)援助が入るようなので、一段と見やすい博物館になるのだろう。
その分生々しい部分は減っていくのかもしれない。



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独立記念塔

2009.09.29(20:41)
独立記念塔3__

Independence Monument(カンボジア語だとフィミエン・アグリエイと発音)

無料。というか、道路の真ん中に立っているだけなので、これを観光地といってよいのかどうかわからないけれど、よくガイドブックに載っているので一応載せておいた。場所は、ワットプノンから南下したノロドム通りとシハヌーク通りの交差点上にある。

1962年(1958年?)11月9日に完成。1953年11月9日の仏領インドシナからの独立を記念して建てられた。

昨年、この塔の周りを整備して、噴水が出たり、もっとカラフルな電気をつけたりして、市民の憩いの場にしたという新聞記事が載っていたけれど、この前いったら、前と同じように塔しか電気がついておらず、噴水もカラーの電飾も付いていなかった。

それならはじめから工事しなければいいのに。

ちなみに独立記念塔の北西のところには、首相宅のような建物と、北朝鮮大使館のようなものが並んでいる。



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日本橋

2009.09.28(20:19)
日本橋02
日本橋というと、ベトナムの世界遺産のひとつホイアンに14世紀ごろの日本人街があった時代の洒落た小橋が思い浮かぶ。しかし、カンボジアのプノンペンにある日本橋は、そのような洒落た橋ではなく、実際に車が使う実用的な橋であり、観光地と呼ぶにはかなり違和感がある。

この橋は、プノンペンの中心北側から、コンポンチャム・シェムリアップへと続く国道6A号線の始発点で昔から重要な道路をつなぐ橋であったために、内戦中に壊されてしまった。

1992年に再び日本の援助で新しくかけられて、この名前が定着したようだ。この時の橋架けの苦労はプロジェクトX(NHKアーカイブスの保存番組検索で出てきたページ「戦場にかける橋 ~カンボジア・技術者と兵士の闘い~」:http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090103130130177/)でかなり前に放映された。(実際に見ていないけれど)

現地の人はチョロイチョンワー橋と呼ぶ。(チョロイチョンワーは橋の向こう側の地名)。

普通に写真をとっても面白くないので、プノンペンの対岸のチョロイチョンワーの方から撮影した。こちらは、半島の先の部分にホテルやヴィラを建設中であったり、巨大な建物が目立つようになった。急速に発展しつつあるものの、川沿いはまだあまり発展しておらず、掘っ立て小屋やモスリムのチャム人が目立つ。

写真を撮ったときも、ちょうどモスクのまん前だったのだけれど、複数のチャム人が橋を見上げていた。なぜ見ていたのかは定かではない。


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セントラルマーケット

2009.09.27(22:12)
セントラルマーケット__

Central Market(カンボジア語はプサー・トマイ)

プノンペンのほぼ中心にある市場。みやげ物もよく売っているので、観光にもよいし、生鮮食品コーナーや生活用具コーナーもあって庶民も買い物に来る。生鮮食品コーナーは、豚の頭や牛の尻尾やぶつ切りにされた肉などがつるされたりしていて、なかなか日本では見られない光景なので一見の価値あり。魚介類もプノンペンで一番品揃えがよく、大きなえびや蟹、貝等もある。さばやシシャモも売っている。プノンペンで観光客が行きやすい市場は、こことロシアンマーケット。

この市場の歴史は結構古く、1935年~37年にかけて建設された。仏領インドシナ時代の建物で、昔の写真を見たことがあるけれど、現在の屋外の売り場は花壇のようになっておりとても綺麗だった。

あまりにも古いため、最近になって修復が始まった。3年計画らしく、一部を閉鎖して、その部分の売り場を道路上に作った仮設スペースに移して修復。南側の道路は狭くなってしまい大渋滞になっている。

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ワットプノン

2009.09.26(22:45)
ワットプノン03

Wat Phnom
入場料1$

プノンペンで一番メインの道路モニボン通りと平行して走るノロドム通りの北の突き当たりにある。小高い丘の上にパゴダがたっており、とても目立つ。

サルがいたり、象(観光用)がいたりして、結構市民が遊びに来るところだ。プノンは山を意味し、ペンというのは、昔の婦人の名前で、1372年にペン婦人が、川からコキという名前の木を引き上げた。中に4つの仏像が入っていたので、ペン婦人が丘を作り、その上にパゴダを建てて奉った事からこの名前が付いたとの伝説がある。

現在あるパゴダは、1926年に立て直されたもの。一番大きなストゥーパは、1422年にアンコールからプノンペンへ遷都した王ポニエヤット(1405~1467)にささげられたもので、ペン婦人を祭った祠もストゥーパと寺の境内の間にある。

以前は、プノンペン市内ではこのワットプノンよりも高い建物を建ててはいけないと言われていた。シェムリアップでは、アンコールワットよりも高い建物は建ててはいけないといわれているので、象徴としてはプノンペンのアンコールワットのようなものだ。
歴史的な価値はかなり違うけれど。








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国立博物館

2009.09.25(20:10)
国立博物館01

National Museum
入場料;3$
王宮のすぐ横にある赤い建物。シソワット王の時代の1920年に建てられた。アンコール時代の展示を中心に、プレアンコール時代からポストアンコール時代までの5000点にわたる展示がされている。本物のライ王像、貴重なレリーフなど見所がたくさん。ちなみに、内部は撮影禁止。でもオープンエアの中庭はOKのようだ。中庭の中心にライ王の像があり、館内近くの壁沿いにバンテアイチュマールの千手観音やリンテルなどが展示されている。

いろいろな彫刻・彫像を見ながら、これは何様式だろうと自分でクイズのように考えながら見てまわるが、なかなかあたらない…。勉強不足…。


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シルバーパゴダ

2009.09.24(20:03)
シルバーパゴダ12
Silver Pagoda
25000リエル(王宮と共通)

シルバーパゴダは、王宮に隣接されており、王室のためのお寺をかねているらしい。王様が儀式のときにお坊さんにあうお寺とのことで、住んでいるお坊さんはいない。古いものは中心にあるワットプラケオモロカット(エメラルドブッダのお寺)と経堂で1892年から1902年に建てられた。ほかのストゥーパなどは後から建てられたもののようだ。

シルバーパゴダの名前の由来は、中心にあるワットプラケオモロカットの床がすべて銀のタイルからできていることからそう名づけられた。5329枚の銀タイルが使われ、重さは1,125kgになる。中は撮影禁止なので写真がないのが残念。いろいろな宝物が収められており、中心にはエメラルド製のブッダが安置され、ほかにもダイヤモンドだらけのブッダや金のブッダなどがある。内部は撮影禁止。

敷地内には、ほかにも王のストゥーパやヒンズーの思想であるカイラーサ山を模したという山などが所狭しとあるけれど、個人的に一番すきなのは、壁に描かれたラーマーヤナ物語のフレスコ画だ。タイの王宮のところに描かれているものと同じようなスタイルで書かれている。ラーマーヤナといえば、アンコールワットの第一回廊にも彫刻があるけれど、それとはまったく違ったデザインのカラーのフレスコ画は見ていて面白い。内容はよくわからないけれど…。

王宮とセットのため、シルバーパゴダを観光するには、王宮を通り抜けなければならない。


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王宮

2009.09.23(19:23)
王宮05
Royal Palace
入場料;25000リエル(シルバーパゴダと共通)

場所はメコン川とトンレサップ川の合流点の袂のチャトモックと呼ばれるところに立っている。この地に初めて王宮が建てられたのは、1866年の仏領インドシナ時代、ノロドム王がウドンから遷都したときに建てられた。現在のような形になったのは、大体1920年ごろでクメールとヨーロッパ調を取り混ぜた様式となった。
タイ王宮と比べるととても小さく装飾も黄色や金色ではあるけれどそれほど派手ではない。実際に現在も王様が住んでいる居住区があり、そちらは立ち入り禁止となっている。一般開放されているところも王様の戴冠式などの儀式で実際に使用するものであり、たまに立ち入り禁止となる。

写真を撮るなら、順光である午前中がお勧め、天気がよく青空が広がっていると、王宮の金色の建物が映えてとても綺麗だ。

もうひとつの観光地シルバーパゴダと隣接している。王宮専用の出口はないので、シルバーパゴダを通り抜けないと外に出られない。






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